海外駐在の極意 No.8【M&A先へ出向 アメリカ】
2018.08.31
IBMのHDD(ハードディスク)部門を買収統合した新会社のアメリカ本社に、日立製作所から人事責任者として送り込まれた山口さん。赴任後は日本に戻り、外資による買収や外国人社長抜擢といった外的要因が全くない中で、伝統的な日本企業グループ全体を世界レベルで組織改革されました。日本企業におられる日本人の中では最も経験豊富な「ほんもののグローバルリーダー」だと尊敬しています。入社10年目にニューヨーク勤務を経験されましたが、2度目のアメリカ駐在では、どんな修羅場をくぐられたのか、何を感じ、何を学ばれたか、熱く、鋭く、語って頂きました。
- 氏名
- 山口岳男
- 現職
- EYアドバイザー・アンド・コンサルティング株式会社特別顧問(前職:元株式会社日立製作所理事人財統括本部副統括本部長、元株式会社日立総合経営研修所取締役社長)
- 国・都市
- アメリカ・サンノゼ
- 期間
- 2003年~2009年 6年半
- 会社名
- Hitachi Global Storage Technologies, Inc
・日立のHDD部門とIBMから買収したHDD部門を統合した5,000億円規模の新会社本社@アメリカ・サンノゼ
・海外拠点は、日本、アメリカ、フィリピン、メキシコ、中国、シンガポール、タイなど - 役職
- 人事部門責任者(Vice President)
・赤字事業部門同士の統合で設立当初の経営課題は「赤字の解消」
・ビジネスプロセスや文化の違う双方の会社の部門統合、日米拠点統合、リストラ断行が使命 - 従業員数
- ・30,000人(IBM20,000、日立8,000人)
- 直属上司
- ・赴任してから4年後、会社再建のプロをCAO=Chief Administrative Officerとして自分の上司に雇用しました。
・2年間、毎日朝と昼にカフェテリアでミーティング。経営陣の入れ替え計画からリーダーの採用、人事・組織に関する議論をしました。時には意見が合わず大激論したこともありました。「相手の主張に真摯に耳を傾けるが、おかしい、変だと思った直感は必ず口に出す」、「上司の立場に寄り添うように強めるが決して言われた通りにすることはしない」を2つの鉄則にするようになりました。最終的には相手の信頼を得ることができたと思います。
・中国駐在者がアメリカに帰任した際、「戻す場所がないからクビにする」と上司に言われました。自分のHR principleに反したので、その人のポジションを自ら探してクビにしないで済んだことがありました。
・コスト削減でグローバル人材育成プログラムを構築してくれた人材育成本部長をクビにすると上司に言われました。「倒産する前日までトレーニングする会社であるべき」という私のprincipleを持って抵抗しましたが、このときは上司の意見に負けました。 - 直属部下
- ・人事部門は、当初日本から4人の日本人が赴任、アメリカ人30人、グローバルで200人の体制でした。
・人事組織は完全に中央集権化していました。世界レベルでmanager以上の採用・昇格・昇給・評価などは権限規程がしっかりと整備されていて、それに基づくアメリカ本社の承認が必要とされました。
- 現地のマネジメント
- 【日本の常識と世界の常識】
日本の常識は海外では通用しないということを思い知りました。
①ビジネスカルチャー:グローバルのビジネスカルチャーの特徴は「組織の非継続性」。利益を上げ続けない限り、ビジネスの永続性を保証できず、マーケット水準の給与を支払い続けられない。「日本的な」忠誠心は期待できない。私がいた人事部門では、統合後3か月間で31名中10名が退社しました。
②雇用関係:グローバルでは、会社と社員は対等で、交渉関係にあります。個別企業の存続より、雇用の流動性を前提に、労働市場全体で雇用が維持される仕組みになっているように思えます。日本では「コミュニティーとしての企業」という考え方が強く、個人より会社を優先するマインドセットが根強いです。
③社員・経営者のマインド:海外では、自分が現在の仕事や会社、ポジションを選び、キャリア開拓しているという「自己責任の意識」が前提となっています。経営者も、レイオフを含むコスト削減対策は当たり前で、部下のパフォーマンスが悪ければ解雇せざるを得ません。
【現地のマネジメント】
・タフさ:タフな交渉をしていると、こちらもタフになります。ある採用で、ファイナライズしかけた条件に、さあ署名しようとしたときに、「もう一つ条件を付け加えたい」と「ダメもとで」言ってきた採用候補者がいました。私は「それならもうこのディールはなしにしよう」と強く言うことができるようになっていました。
・前面に出ること:日本と違って、条件交渉の場面では、部下にやらせているだけではなく、自分が前面に出て交渉することも大切です。 - これから海外駐在する人が準備しておくべきこと
- 【日本人の強み】
①For the companyというマインド
②誠実で真摯な対応
③粘り強さ
【日本人に足りないもの】
私自身が欠けていて苦労し、また恐らく日本人のみなさんも私と同じように苦労されるであろう点
①グローバルマネジメント力:複数国のヒト・モノ・カネを「間接統治」すること
②Street Fighter"":何としても勝ち、儲けるという執念や、過去に捉われずに実行できる尖ったリーダーシップ、揺るぎない自分の価値観や信念に基づいて行動する、対立を怖れない""本物""のリーダーシップ
③個人のエネルギー量と精神的タフさ
④言語量とスモールトーク
【準備しておくべきこと】
・幹部で行くときは、上にいけばいくほど、抽象度が高くなるので、英語はうまければうまいほうがいい、口数は多ければ多いほうがいいでしょう。
・日本では神輿が準備されていて、それに乗ればいいですが、海外では神輿は準備されていません。自分は何がしたいかという絵を明確に描いて示すことが大切です。「私はよくわからないけどみんなの協力が必要です」という挨拶は死んでも言わないで欲しいです。
・私は入社10年目の若いときにニューヨークに一度赴任した経験があったから、アメリカで仕事することが身体にしみついていて2度目の赴任の仕事の助けになりました。いきなり幹部で赴任するのは大変だと思います。
・日本の外資系企業の買収は増えています。ガバナンスを利かせる、とよく言われていますが、ガバナンスとは、日々の人と人のコミュニケーションであり、目標設定や評価をごりごりとface-to-faceでやりあうことです。自分の口でyes-noをはっきり言うことです。きちんとしたコミュニケーションができないと、買収したのに、買収された企業にむしりとられて損をすることになります。笑い話ですが、買収した企業の幹部に、「任せるよ」と言ってしまったがために、自分のやりたい放題できるという勝手な「規程」を作られてしまったり、日本出張にプライベートジェットで来てしまったという例もあります。買収された外資系企業の人材は、どれだけ何が変わるだろう、と覚悟をしているにも拘わらず、買収した日本企業が何も変えないでいることに拍子抜けしていることも少なくありません。
- 次の駐在はどこがいいか?
- ・アメリカは土地勘もあり、また行ってみたい
・アジアも面白いし、行ってみたい - グローバルで戦う方法論
- 【海外赴任で感じたこと】
・人生で一番チャレンジングでエキサイティングな仕事に従事している実感があり、やらされ感がなく、タフさを上回って、楽しかったです。
・休暇中でもon-lineな状態を保ち、問題に対処したり電話会議に参加しました。365日24時間ベースで働き、タフできつかったです。グローバルオペレーションに携わるグローバルリーダーとは、「場所と時間の制約を外しながらも効率が求められる」と理解しました。日本に帰国して、日本人リーダーは場所や時間の制約の中で働いている割に非効率な部分が多く、これでは世界で勝てないな、と思いました。
・アメリカでは、ワークライフバランスをdaily-base、weekly-base、monthly-base、yearly-baseのいずれで調整するかは個人の選択、意識の問題でした。その会社や組織が自分にとって不当だと思えば辞めればよくて、転職市場もあり、アメリカや日本以外の国でメンタルヘルスの問題に遭遇したことがありませんでした。日本帰国後は大きな違和感を感じました。
【グローバルで戦う方法論】
①グローバル対話能力:英語は出来るに越したことがないがマストではない、という意見を聞くことがあります。自分の経験からするとそれはあまり正しいとは思えません。相手の意見を理解し、自分の意見を言い、納得させ、合意に導きだすためには、かなり高いレベルの英語力が必要だと思います。
②リーダーシップの鍛錬
③「個」の確立
④多様性・異質性の享受
⑤専門性を磨く
⑥世界に貢献する
【リーダーシップ・マネジメントについて学んだこと】
・買収された相手側には、組織のトップとして、自分がやりたいことを言い、ビジネスプロセスや組織を見直し、自分のチームを作り、会議を仕切り、結論を出させ、業績を達成する、そんなリーダーがいて、経験やスキル、リーダーシップをまざまざと見せつけられました。それまで日本でリーダーシップについて話していたことが「どんぐりの背比べ」で、本当のリーダーシップはこういうものだと気づかされました。その後、素晴らしいリーダーと一緒に仕事し、そのヒトたちのふるまいを観察することができたことは自分にとっては貴重な経験です。
・自分にとって、一番難しかったのは、議論が流れる中で、割り込んで、質問したり、意見を言うことでした。会議や議論が始まる際に、一番最初に発言しておくのがいいと自分なりのコツをつかむことができました。
・日本人らしさを捨てる必要はなく、相手によってモードを変えればいい、ということがわかってきました。
・アメリカ人の組織にいるのであれば、彼らが一般的に使うterminology(専門用語)を使って仕事をすることが成功の鍵だと思います。私はそのためにHRやビジネス関連の本は100冊以上買って読みました。必要なterminologyを覚えました。日本のやり方やその英訳を使ってもダメ。日本人なのに知ってるじゃん、と思わせてはじめて、リスペクトとトラストを得ることができると思います。
・日本は部下に資料を作らせますが、アメリカでは、トップが自分で資料づくりすることが大切です。
・マーケットでは、いろいろな業種・職種・階層の人材が、だいたいどれくらいの価値か、人材の需給状況はどうか、を常におさえておくことはとても大切です。「辞めたい」と言われたときに、「どうぞ」とすぐに言えるか、引き留めなければならないか、に関係してきます。
・統合後、統合した会社の人材を辞めさせないようにするretention plan=引き留め策で、当時はよくわからなかったので、Amazon USAからたくさんの本を買って、retentionの部分を片っ端から読んで勉強しました。その結果、お金を使い過ぎました(笑)。知識がないと、言われたことを検証せずに鵜呑みにしてしまって失敗します。今なら経験も知識もあり違う方法で対処できると思います。